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大阪地方裁判所 平成6年(ワ)10792号 判決

原告

麻生文子

ほか三名

被告

松本宗一郎

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告麻生文子に対し金一五九八万九四三三円、同麻生利明に対し金七三六万四七一六円、同城滝信子に対し金七三六万四七一六円、同麻生ハマヱに対し金二一〇万円及び右各金員に対する平成五年一二月七日から支払い済みまで年五分の割合の金員を支払え。

第二事案の概要

自動二輪車と歩行者が衝突し、歩行者が死亡した事故に関し、被害者の遺族が、自動二輪車の運転者兼保有者に対して、民法七〇九条ないし自賠法三条に基づき、損害賠償を請求した事案である。

一  当事者間に争いがない事実及び証拠上容易に認められる事実(証拠による事実は、摘示する。)

1  本件事故の発生

発生日時 平成五年一二月七日午後一一時三五分頃

発生場所 大阪市城東区鴫野東三丁目二番一号先

加害車両 被告運転の自動二輪車なにわや八六一二)(被告車両)

被害者 亡麻生利武(昭和一一年三月二〇日生、当時五七歳)(亡利武)

態様 亡利武は、横断歩道(本件横断歩道)を歩行横断中、被告車両に衝突され、それに基づく傷害により、平成五年一二月八日死亡した。

2  責任

被告は、被告車両を保有し、本件事故当時、その運行の用に供していた。

3  相続

原告文子は亡利武の妻、原告利明及び同信子はいずれも亡利武の子、原告ハマヱは、亡利武の養母である(甲三の1ないし3)。

4  既払い

原告らは、損害の填補として、自賠責保険から二四〇〇万円の支払いを受けた。

二  争点

1  被告の免責及び過失相殺

(一) 被告主張

被告は、青信号に従つて進行していたものであるから、信号遵守義務違反はない。また、その速度は時速六〇キロメートルを超えることはなく、速度遵守義務違反はない。そして、衝突位置は、追越車線と走行車線の間のライン上ないし追越車線から中央分離帯側に少し入つた地点であつて、亡利武は中央分離帯付近の看板等の陰から飛出したものであるから、被告には前方注視義務違反及び結果回避可能性がなかつた。したがつて、被告には過失は全くなく、被告車両には、構造上及び機能上の欠陥・障害はなかつたから、自賠法三条但書によつて、免責となる。

また、仮に、被告に前方注視義務違反の過失があつたとしても、亡利武には、赤信号を無視して横断した過失があるから、少なくとも七割の過失相殺をすべきである。

(二) 原告らの主張

被告は、対面信号が赤であるのに、時速一〇〇キロメートルを超える速度で走行していたところ、本件横断歩道を横断走行していた亡利武を、同人が走行車線上に至るまで、見落していたものであるから、著しい前方不注視に基づき、本件事故を引き起こしたものであつて、民法七〇九条、自賠法三条の責任があり、過失相殺は認められない。

仮に、亡利武の対面信号が赤であつても、被告は、前記の速度違反・著しい前方不注視によつて、本件事故を引き起こしたものであるから、民法七〇九条、自賠法三条の責任がある。過失相殺の主張は争う。

2  損害

(一) 原告ら主張

亡利武自身の死亡慰藉料一二〇〇万円、逸失利益二八〇五万六〇六五円((461万2694円+10万8000円×4)×7.945×0.7、アルバイト収入も加算して計算すべきである。)、原告文子固有の慰藉料六〇〇万円、葬儀費用一二〇万円、原告利明及び同信子の固有の慰藉料各三〇〇万円、同ハマヱの固有の慰藉料二〇〇万円、同文子の弁護士費用七六万一四〇一円、同利明及び同信子の弁護士費用各三五万〇七〇〇円、同ハマヱの弁護士費用一〇万円

(二) 被告主張

争う。特に、逸失利益算定の際、アルバイト収入は加算すべきではない。

第三争点に対する判断

一  被告の免責及び過失相殺

1  本件事故の態様

(一) 甲七、八の1ないし4、九、一〇の1、2、乙一の1ないし4、二、三、七、検甲一の1ないし9、検乙一の1ないし10、調査嘱託の結果、証人池田の証言、原告文子及び被告各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によると、以下の事実が認められる。

本件事故現場は、南北に伸びる、歩車道の区別があり、片側二車線の直線路(南北道路)と、東側からの交差道路が交わる交差点であつて(本件交差点)、その北側に信号機によつて規制されている横断歩道(本件横断歩道)があり、その概況は、別紙図面のとおりである。本件事故現場は市街地にあり、本件事故当時は夜間であつたが、やや明るく、南北道路の前方の見通しは良く、交通は頻繁であつた(本件事故直後の実況見分における南北方向の一分間当たりの交通量は三〇台ないし四〇台であつた。)。本件事故現場附近の道路はアスフアルトによつて舗装されており、路面は平坦で、本件事故当時乾燥しており、速度は法定速度である時速六〇キロメートルに規制されていた。本件道路のセンターラインには、中央分離帯が設けられており、高さ一メートル程度の柵が設置されていて、本件横断歩道の南側の中央分離帯上には信号機の支柱があり、そこには高さ二メートル程度の看板が設置されていたものの、南北道路北行車線からは、本件横断歩道の中央分離帯より東側も見通すことは不可能ではなかつた。また、夜間の照射実験においては、前照灯を下向きにした場合でも、本件横断歩道の四六メートル手前から、本件横断歩道上の状況の確認ができた。

被告は、被告車両を運転して、時速約五〇ないし六〇キロメートルで南北道路の北行走行車線の追越車線寄りを北に直進進行し、前方に本件横断歩道を認めたが、対面信号が青であつたので、そのまま進行したところ、本件横断歩道の直前に至り、本件横断歩道上を動いている人影に気付き、ハンドルを左にきろうとしたものの、及ばず、同図面〈×〉付近(以下、符号のみを示す。)で衝突し、被告は〈3〉、被告車両は〈4〉、亡利武は〈イ〉に転倒した。

亡利武は、原告文子及び佐藤義雄とともに、本件横断歩道の東側に至つたところ、対面信号が赤であつたため、原告文子及び佐藤義雄は停止したが、亡利武は、そのまま西に歩行横断し、前記の態様で、被告車両と衝突した。

(二) なお、原告文子は、その本人尋問において、本件横断歩道の対面信号が青となつた後、亡利武が本件横断歩道上を歩行していたのを見たと供述し、同人作成の報告書である甲七にも同様の記載があり、その事実からは、被告車両が本件横断歩道にさしかかつた際の対面信号は赤であつたこととなるものの、右本人尋問での供述と甲七の記載では亡利武の位置に変遷があること、右本人尋問には曖昧な点が多いこと、同人の捜査段階の供述調書である乙七にはそのような記載はないことからすると、第三者である証人池田の証言、被告本人尋問の結果に照らし、信用できない。

また、被告は、その本人尋問において、被告は追越車線上を走行しており、亡利武との衝突位置は追越車線上である旨供述し、本件事故の約一週間後になされた実況見分によつて作成された甲八の3中の被告の現場指示説明部分にも同趣旨の記載があるものの、事故の直後作成された実況見分調書である甲八の1中の第三者である目撃者の池田の指示説明部分、証人池田の証言、甲八の1、2によつて認定できる被告車両の衝突後の擦過痕の位置及び衝突の位置が右池田の指示や証言と矛盾していないことに照らし、信用できない。

そして、原告ら側で、私的に依頼して作成した工学鑑定書である甲一〇の1には、被告車両の衝突時の速度が時速八五・一キロメートルである旨の記載があるものの、工学鑑定の性質上やむを得ないことではあるが、例えば、被告と被告車両が共に滑走する際の個別状況を捨象し、摩擦係数を算出している点、その前提である被告車両横転時の摩擦係数及び被告滑走時の摩擦係数も同様に算出している点等に疑問があり、結論にはある程度の誤差がありうるものであるから、直接証拠である第三者かつ目撃者である証人池田の証言及びそれと一致する被告本人尋問の結果に照らし、採用できない。

2  当裁判所の判断

右認定によると、衝突位置が走行車線上であつたこと、被告進行方向から亡利武が進行してきた本件横断歩道東側も見通すことができたこと、そうであるのに、被告は、衝突直前に進路前方に動いている黒い人影を認めたに過ぎず、それ以前の亡利武の存在及び動静に全く気付いていないことからすると、被告には前方不注視が認められ、それによつて本件事故が発生したと認めることができる。

しかし、亡利武にも、対面信号が赤であるのに、横断歩道を渡つた過失があるから、相応の過失相殺をすべきところ、双方の対面信号の色からして、被告の前方不注視の程度を考慮しても、少なくとも、六割の過失相殺は認められる。

二  結論

そして、原告ら主張の、弁護士費用を除く損害を合計すると、五五二五万六〇六五円であるところ、前記の過失相殺に基づき損害を控除すると、前記の既払い金である二四〇〇万円を超える損害は認められない。よつて、その余の点について判断するまでもなく、原告らの請求は、いずれも理由がない。

(裁判官 水野有子)

別紙図面

〈省略〉

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